紀元前220年

紀元前220年は、ローマ暦の年である。

当時は、「ラエウィヌス/カトゥルスとスカエウォラ/ピロが共和政ローマ執政官に就任した年」として知られていた(もしくは、それほど使われてはいないが、ローマ建国紀元534年)。紀年法として西暦(キリスト紀元)がヨーロッパで広く普及した中世時代初期以降、この年は紀元前220年と表記されるのが一般的となった。

ギリシア

セレウコス朝

  • モロンセレウコス朝王国の主要部を占領し王を称したことにより、宰相ヘルメイアスの助言により、アンティオコスはシリア北部からのエジプト遠征を断念する。アンティオコスは代わりにモロンに進軍し、アポロニアの戦いで、ティグリス川の土手でモロンとその兄弟のアレクサンドロスを打ち破り、殺害する。アンティオコスはさらにメディア北西部のアトロパテネ王国を征服する。
  • アンティオコス3世とラオディケ2世(ポントスミトリダテス2世の娘)の間に息子が誕生する。ヘルメイアスは、王を除けば幼い息子の名目で王国を支配できると考えるようになる。アンティオコス3世は、計画を発見し、ヘルメイアスの暗殺を手配する。

アナトリア

エジプト

共和政ローマ

中国

  • 始皇帝が中国全土を結ぶ樹状道路システムを開始し、地域ごとの防壁を繋げて万里の長城の原型を作る。
  • 始皇帝は、隴西北地を巡り、鶏頭山に至り、回中をまわる。信宮を渭南に作り、極廟と改名する。極廟から驪山に道は通じさせ、甘泉前殿を作り、甬道を作って咸陽と連絡させた。馳道を作って天下をつなげた。

芸術

  • 『妻を殺害し自害するガリア人族長』と呼ばれる銅像が作られる(おおよその年代)。オリジナル像のローマ時代の模作は現在ローマ市ローマ国立博物館に保存されている。
  • 『瀕死のガリア人ラッパ吹き』と呼ばれる銅像が(恐らくエピゴノスにより)(紀元前230年から紀元前220年に)作られる。オリジナル像の大理石の模作は現在、ローマ市のカピトリーノ美術館に保存されている。

注釈

出典

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